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今日のスウベニヤNo.2 砕けた青ガラス
菊水の路上、二番目の兄さんの仕事場の前にて

年老いた歯科医は自分の引退の時期をつねづね考えていた。
今は亡き歯科医の父親もまた歯科医であったが、父はある日突然、自分は今日を限りで歯科医を引退するのだ、と宣言したのを覚えている。
あれは確か夕食の最中だった。焼魚で、あれは…サンマだったかな。ならば秋か。
きれいに魚の骨を取り分ける父の指には絆創膏がひっそり巻かれていたことまでもが鮮明に思い出された。
「あなたの引退を突然に決意させたのは一体なんだったのでしょうか?」
年老いた歯科医は一人つぶやき、少しの間を置いてそして席を立った。
医院とは渡り廊下でつながっている母屋のほうからは、すこし焦げたような匂いが漂ってくる。
夕御飯は焼魚かな。
そんな考えが頭を巡っていた時、背中でカチンとするどい音がした。
振り返るとトレイの上で青い薬品瓶が粉々に割れている。
年老いた歯科医は割れた薬品瓶を前にしばし佇んでいたが、ふと思った。
「今日で引退しよう。」
青い破片を指でつまみあげると、チッと痛みが走り、赤い粒が指先に生まれた。
by kurokurosusukoji | 2008-07-29 21:21 | 今日のスウベニヤ
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